気分やさんの気ままなブログ

【グラレコが日常と結びついた瞬間】

 昨日の投稿でも出てきたイベントですが、「グラレコれんしゅう会」に参加してきました。

 

グラレコとは、

「グラレコ」とはグラフィックレコーディングの略称です。

これがどのように役立たせられるかというのは人それぞれでしょうが、例えば会議の様子をかき起こして話し合いを促進させる(ファシグラ=ファシリテーショングラフィック)などです。

ただ、グラレコはというと直訳は「画に記録すること」というようにとにかく言葉の情報を見える化させることを狙いとしています。

 

今回が3回目の参加だったのですが、前回の時に思った「聴くこと」を重点を置いて意識的に取り組んでみました。

さらに、今回はニュースを聞いてグラフィック化することを行なったのですが、聴きながら描くこととメモしてからまとめて描くことを交互にやってみました。

 

 すると、聴きながら行なった場合の聞き取れた情報量は、メモをした時に比べて半分以下になってしまったのです。

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そのため終わった時の感想で今度はどうして聴けなかったのだろうかという問いが生まれたのでした。

ただ、こう思ったことにどこか引っかかる部分があったのでした。

 

 そして、時間を空けてこの時のことをもう一度考えてみました。そして思ったのが、どうしてこのような問いが自分の中で生まれたのか、ということでした。

 聴く場面は日常の中にあふれています。雑談・会話する時、相談に乗る時、授業を行う時などなど。

さらに自分が行なっているインタビューゲームについては聴くことで成立しているワークです。そしてそれぞれの場合でも聴けなかったことに遭遇しているのです。

 それで僕は今回のグラレコれんしゅう会で「聴こうとしたけど聴けなかったこと」に遭遇して、「日常でもより聴けるようになりたい」から「どうして聴けなかったのか」を疑問に思ったのです。

 

 グラフィックレコーディングという技法的な参加動機から日常全般に関わるものに思えるようになった今回のグラレコれんしゅう会でした。

【マイナーな場所「桜山」だけど】

 今現在は引っ越したのですが、以前は最寄りの駅で言う桜山に住んでいました。

しかし、近くに何があるかというと名市大と博物館ぐらいしかありません。そのため、桜山と話してもどこか分かってもらえないことがざらにありました。

 

 ですが、今日参加したイベントで、参加者が自分を含めて4人いましたが、全員が何かしら桜山に縁があったのでした。

それに今の職場で、驚くことに同じ中学校に通っていたどころか、引っ越し前の家から信号を渡った徒歩1分かからずのところに住んでいる、ガチの先輩がいるのです。

 

 今年度に入ってから何かと桜山で話せる人、いわゆる「じもトーク」ができる人が見つかるようになったのです。どうせなら引っ越し前だったらもっとよかったのに・・・。

 

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 最近、引っ越してから約1年半ぶりに初めて元あった家の場所の前を通ったのですが、我が家は今では大きく育っていました。

【「らくプリ」その41-なぜかできるようになった】

 毎日の数学プリント、らくだプリントが定積分に入っています。

積分がどういうものかという説明は今回は省きます。その一部分である計算が大変で、その性質から分数は出てくる上に3乗することがざらにあります。

3乗すると3が27になり、もとは小さくてもとても大きな数字に変換され出てくることになるのです。そして9個数字が出てきて計算する必要もあります。

 

 そんな定積分で実際にあったことで、ミスが何度かやっても減らないということがありました。

いつもならば繰り返していると数字にも慣れるししっくりくる計算のやり方が自分の中で固まります。

ですが、毎回どこかしらでミスをしてしまい、ミスが減らないのです。正直自分でもよく分からないというのが率直な気持ちでした。

 

 しかしある日、気分がいい状態で、その時に途中式の字をいつもより少し大きく書こうと思いました。ちょうど授業で子どもたちに途中式の大切さを話した日だったからというのもあります。

そのような心意気でやったらノーミスでできました。それに、これまではやっていながら正しくできている自信が湧いてこなかったのですが、この日は自信がありました。

 

 今回できたのは、途中式の心がけをもったからなのか、状態がよかったからなのか、自分では要因が分からないです。

どうしてうまくいったのでしょうか?分からずじまいの話でした。

【時間を選ぶかそれとも】

 毎週木曜日にフットサルに行っています。ただ、昨年度までは前日までに予約していましたが今年度になってからは直前にならないと自分の状態が分からなく、当日の数時間前に予約するようになりました。

 

 で、今日の話。今日は余裕で時間が作れるだろうと思っていたのですが、放課後にある講座の日だということを忘れていました。そしてなんだかんだで4時半くらいまで学校にいました。

 

 今日は余裕で時間があると思っていたのでフットサルの用意を家に置いてきていたので帰らなければなりませんでした。それを考えると家に着くのは5時半。

家に帰ってフットサルに行くとしたららくだプリントをやってすぐ行かないといけないなぁと思ったのでした。

そんなカツカツで行くのもどうかと思いました。

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 しかしその直後に、今日Facebookの投稿で、自分は「頭でっかち」になっている、というコメントがあったのを思い出したのです。

「頭でっかち」になっているのはその人だけでなく、きっと今の自分もなのではないかと思ったわけです。

フットサルに行くのを止めて授業準備を進めるのも1つだったかもしれません。

しかし、今の自分に時間的余裕ができたところで今の状態を根本的解決にはつながらないと思ったのです。

ということで、あえてフットサルを行くことにしました。

 

そんなフットサルに行くことを決断するまでの思考の流れの話でした。

【休日の時間の考え方を変えてみようかな】

 先週の休日に頭に思い浮かんだことです。授業を持つことになって去年に比べて仕事に費やす時間は増えました。

しかしながら休日の予定を入れる度合いは去年とそれほど変わっていません。

 

 それでもやりくりできているのは時間の活用の仕方がよくないということでもありますが、それでも最近はあまり休日の過ごし方がよくないなと感じます。

どこかメリハリに欠けるというか頭の中が整理できていない状態で過ごしてしまっているような感じです。

 

 そしてふと思った改善策が時間の区切り方です。今までは1日を1単位で考えていました。例えば土日で土曜日だけ予定があれば2つのうち1つ予定があり1つ空いていると捉えていました。

これだと2日とも予定が入ると埋まったような感覚を持ってしまい、どちらか1日を空けようという思考も働いていました。

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 そこで、1日でも午前と午後で分けて1日を2単位で考え、土日で計4単位で考えてみようと思い浮かんだのです。

すると、土日でそれぞれ予定が入っても午前・午後どちらかの用事であれば4つのうちの2つが埋まるだけなので、空きは2つ、つまり実質1日分空いていると考えられると思ったのです。

そして、残っている2つのうち1つに授業のことを考える時間に割いてもまだ1つ残るわけです。

 

 実践してみないと分からないですが、いつも予定がないとだだくさな午前が活用できるようになると思いました。