気分やさんの気ままなブログ

【定点観測で異なることを取り組んでも共感がなぜ生じるのか】

【連続投稿72日目 1593投稿目】

【作成日時:5/31 17:39~18:16、37分】

 

 フリースクール「もこっち」の保護者の中の取り組みたい人での定点観測会があります。

毎月最終火曜日の夜にオンラインで共有する機会を取っているので、今月は3日前にありました。

その時に1人の人から、それぞれ取り組んでいることが違っていることがおもしろいという感想がありました。

取り組むことは1人1人が決めているので当たり前ではあるのですが、よく考えてみると確かに不思議にも思えることです。

それぞれ取り組んでいることは違うのに、1人の話を聞いて取り組んでいないほかの人も意見を重ねることが起こるのですから。

画一的な取り組みではないですから。

ですが考えてみれば定点観測に限らずとも、生活における悩みの共感も同様ですよね。

悩みが生じた具体的な出来事は異なっても話を聞いている人が「わかる~」ってあいづちを打つものです。

「それあいづちだけで分かってないでしょ」という議論はおいといて、それでもこのうなづちが適していないことはないというのは共感できうるものであるからです。

そう考えれば定点観測においてもほかの人でも共感が生まれることは生まれるでしょう。

 

 ただ、「不思議にも思える」ことが実は不思議でないことを、思考の流れを構造的に捉えながら解明していってみましょう。

それに役立つ考え方が

この関係です。

具体の1つ1つはまさにAさん・Bさん・Cさんであり、抽象に位置するのが共有している気づきです。

Aさんが気づきを話したとすると、それはAさんの具体的な出来事から抽象化された気づきです。

それをBさん・Cさんが受け取るわけですが、Bさん・Cさんにもそれぞれの具体的な出来事があり、それが抽象化されたものというのもそれぞれの人が持っているはずです。

その抽象的なものが共通性をもつことになります。

ですからこの定点観測ではほかのことを取り組んでいる人も共感するということが起こるのです。

過去の投稿でもこの図の関係について書いたことがあったので、そちらも載せておきます。

itasan-kibunyasan.hatenablog.com

 

 定点観測会を考案した時にここまで考えていたわけではなかったので、今回の共有会で僕も気づくことができた見方でした。

この取り組みの意義の言語化が自分だけで考えると難しいのですが、ほかの人がいると一緒に取り組んでいるだけで自ずと見えてくるものですね。

 

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今後のイベント予定

6/9(日)10:00~17:00 経営ゲーム塾1DAY @寺子屋塾 ※経験者限定

6/16(日)13:30~17:30 インタビューゲーム会 @寺子屋塾 

☆定点観測を一緒に取り組みたい人、随時募集中です(^ ^) 定点観測についてはこちらをどうぞ!

☆個別インタビューゲームについても随時募集中です!