【連続投稿10日目 1531投稿目】
【作成日時:3/30 14:26~15:16、50分 】
昨日に引き続きIDGsというものを学んで考えたことを書いていきます。
itasan-kibunyasan.hatenablog.com
昨日はSDGsと比較してIDGsのゴールが少なくて分かりやすいことを書きました。
今日はこの考え方自体に対して僕が感じたことから書いていこうと思います。
SDGsはいわば「コトモノ」に着眼点を置いていたのに対して、IDGsは人の内面に目を移したといえます。
それは僕も特に見つめている部分で、日々の中で意識したり深めたり、起きたことを捉えるための重要な素材となっています。
一昨日の投稿ではパルルでの受験お疲れ様会をやったことを書きました。
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この「学びのわ」の取り組みの価値を見定めるうえでは、「コトモノ」の中に存在している「見えないもの」を観ることが大切だと思っているのです。
何人集まって、何ができたか、お金が動いたか、みたいな実績とも言い換えられる、顕在するような「コトモノ」レベルで見ていても推し量れないことが非常にあるのです。
しかし「見えないもの」を観ること、さらにはそれを人と分かち合うことはとても難しいです。
「コトモノ」のように形として顕在しないものをどのようにすれば顕在化させられるかというと、その方法の1つとしては言葉でしょう。
ですが「見えないもの」は言葉にすることが難しいですし、たとえ同じ言葉であってもほかの人と捉え方にズレが生じていたりするものです。
現に僕は「見えないもの」を言葉に置き換える時にとても悩みます。
ですがこの見方に1つの基準や尺度といえるような「軸」ができれば分かち合う助けとなるはずです。
その役目をIDGsという考え方は果たせるのではないかと思ったのです。
そしてただIDGsを理解するだけでなく実用するものにしていけないかと考えてもいます。
IDGsを組み込めないだろうかと考えているのが「定点観測会」です。
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定点観測していること自体はブログの記事であったりインスタグラムの投稿など「コトモノ」です。
しかしそれは表面上のことで、大切にしているのはその奥に潜在している自分自身の内面に気づくことです。
であればIDGsの軸で捉えることができるはずなのです。
まだ「定点観測会」を言葉で説明することがなかなかうまくできないということもあって、ならばIDGsという言語を組み込んでみたらどうかと思ったのです。
「見えないもの」を言葉ですべて表すことはできないでしょうが、今の自分には必要な武器なのではないかと思っています。
まだ僕も入り口に立ったどころか眺めているような段階ですが、このIDGsを理解するにも時間を使いたいなと思っています。
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