数学のことを話す時に、数学は覚えることもあるけど暗記はほぼ必要がないということをよく言います。
過去にもそういった話はしたことがありましたのでこちらの2つの投稿を載せておきます。
ちなみに1つ目の投稿に紹介している本は本当にいい本で、改めて読み返しているところです。
itasan-kibunyasan.hatenablog.com
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2つ目の投稿では「暗記」でなく「記憶」して覚えることを書いていました。
数学を学ぶにあたって「暗記」より「記憶」する方がいいわけですが、どちらも「覚えること」にはちがいないため、記憶しようと意識してしまうとまた苦しくなってしまうことでしょう。
ではどうすれば覚えることの苦しみから脱却できるかという問いが立つかと思います。
その答えは作り出すことです。
これにすんなりと同意できる人はおそらく数学が苦手と思っていない人でしょう。
逆に「いやぁ・・・」という思いをもった人は苦手だと思っている人だと思います。
苦手だと思っている人には信じられないことだと思うかもしれませんが、事実作り出す方が楽なのです。
「作り出す」と言われると二次方程式の解のことのように公式を作り出すことを想起しないでしょうか?
しかし僕が言っている「作り出す」はもっと単純なことからです。
どういったことかというと例えば、2×15は15×2じゃないですか、こんな程度の話です。
これだって立派に作り出しているのですよ。
2×15だとやりづらいから15×2を作り出してみて、それを計算した結果一致したというわけです。
いや、かけ算は入れ換えることができること自体を覚えているですか?
入れ換えることができることを覚えようとして覚えてみましたか?
ではもっと話をさかのぼってみましょう。どのように入れ換えられることを知ったでしょうか?
それはかけ算の九九を習った時に自然と入れ換えられることに気づきませんでしたか?
この時に入れ換えられることを覚えようとして覚えたでしょうか?
表を作る中で自然と覚えたはずです。
そう、本来は作り出した”後に”覚えるということが起こるのです。
それなのに「覚える」が先に来るということがあってはお門違いなのです。
もちろん、かけ算という演算が可換であるとか交換法則というものであるとかっていう数学的な知識を覚えている必要もないのです。
「a×b=b×a」という法則を表す式も覚えるものではないのです。
だから公式は作り出すものなのです。
いわば公式というのは問題を解決するために工夫するために作り出されたものです。
工夫は「創意工夫」と言いますよね、「暗記工夫」や「記憶工夫」なんて言わないですよね?
あとはその人が問題に向き合って挑戦する気持ちを持っているかという意志の問題でしょう。