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【内臓思考で捉える教員の勤務問題】

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 ようやくこの話も今日で終わりになります。書いていてもやはり考えさせられることがたくさんあり、普段の投稿より大変に感じました。

 今回初めての方は最初はこちらからどうぞ↓

itasan-kibunyasan.hatenablog.com

 

 今回は大脳思考型と内臓思考型の思考回路の違いを書きたいと思います。従来の大脳思考での考え方は、本に書かれていた原文のまま紹介すると、

 

従来の「大脳思考」ではまず、その問題、あるいは原因を詳細に分析するでしょう。そして分析結果に対して足りないものを補足していく、という順番になります

 

と書かれています。この手順になじみある人が多いのではないかと思います。僕にしても、これまでこのようにして考えてきたことは何度もありました。

 

 だからこそ、これでいけないのかと思う人もいるかと思います。これでも解決する時は解決するのだろうと思います。

しかし、この方法の問題点は、表面的な対処法を選択してしまうというところにあります。

いやー、学校で働いているからこそこれの最たる悪例が思い浮かんでいるんですよね。

それは何かというと「ノー残業デー」です。学校現場の教職員に月に1回課されているものです。

このことに対する不満の声は調べれば容易に出てくるでしょう。勤務時間を減らされても仕事量は結局減らないから無意味だと。

まさに表面的な対処法になっていると言えるのではないでしょうか。

 

では内臓思考で問題解決法を構築していくとはいかようなものなのか?それは本当の欲求という土台を作ってから論理を構築するということです。

前回までの話にも合ったように内臓思考からの大脳思考を活用させるわけです。

 さっきの「ノー残業デー」問題の話。あれは上が手を打たなければいけないと思っての、どこの場所に対しても万能にできる策ということで掲げたものだったのではないでしょうか?

 しかし、そもそも上が手を打たなければならないのでしょうか?このトップダウン型の形態こそが引き起こしている問題なのではと思ったのです。

上の人たちの「本当の欲求」ってなんなのでしょうかね?

それよりも、各現場で内臓思考で腹をわって本心で話し合って現場の欲求から策を練った方が効果は必ずあると思います。時間がないのであればそこから話し合うことが必要ですね。

 

 

 それから、「自然と人間が一体であることを忘れていしまっている」と書いてあり共感した話も書きたかったところですが時間も時間なので以前に書いたことを張って締めようと思います。

itasan-kibunyasan.hatenablog.com