【連続投稿7日目 2222投稿目】
【作成日時:5/13 16:44~17:33、49分】
今日の話題には全く何も関係ありませんが、今日で投稿数が2222とゾロ目になりました。
だから何かあるというわけではありませんが、気持ちいいなぁ~、なんて思いました。

ふと最近思ったことなのですが、「自分にマルをつける」ということを思いました。
自分に自信がない人、自己否定に陥る人も少なくありません。
そういった人たちにはぜひこの「自分にマルをつける」ということをしてみてほしいです。
といっても簡単にできそうでありながらも、それこそ強く自己否定に浸食されている人にとっては難しいことではないかと思います。
難しい人はとりあえずまず、生きている誰もが全員付けられるマルになりますが、「今自分が生きていられることにマル」を付けてみるところからでしょう。
そしてこういったマルは自分のことに限らず、他者に対して、また組織やモノゴトに対してもつけられるものです。
このマルは言い換えれば受容するということです。
さらにいえば、存在を認め受け容れることであり、良い悪いの良いではありません。
分かりにくいことにもなるかもしれませんが、自己受容と自分を甘やかすことのちがいでもあるといえるかと思います。
自己受容と自分を甘やかすことには決定的なちがいがあります。
自分を甘やかした後には何も次は生まれず、そこで停止します。
ですが自己受容の時には、「何はともあれまず今の自分に対してマル。けれども次の時にはまだできることがある」と次の方向に自ずと向くのです。
数学的に考えればベクトルであるのです。
見た目としては動きのない点ですが、その点の内側には動く力が備わっているのです。
よって次の時にはこの点は動くのです。
・・・話を戻して実は「何はともあれまず今の自分に対してマル。けれども次の時にはまだできることがある。」という意識の仕方は自分の内側でこうなっているのではないかと思いました。
「何はともあれまず今の自分に対してマル」、この部分はずっと言っているように自己受容です。
その後の「けれども次の時にはまだできることがある」ですが、これは良い悪いにあたる見方をしていることになるのではないかと思います。
反省ともいいますよね。
ということは、この意識の仕方は、自己受容と反省を切り分けているのです。
こう考えてみると、自己否定というのは自己受容と反省が混在するからこそ起こりうることではないでしょうか。
自分を受容することなく反省し、その反省を自分の内側に取り入れてしまうことで自己否定になる、っていえないでしょうか。
ちなみにここまでのことが書いてあったりするわけではありませんが、「マルをつける」ということは以前に紹介した『自己肯定感が高まる習慣力』

にも出てきますし、つい最近も引用した『ドラゴン桜』にも出てきます。
【性格は変えられないが、考え方は変えられる!】
— ドラゴン桜2(公式) (@mita_norifusa) 2017年12月27日
ネガティブな性格の持ち主は、焦りやプレッシャーを感じやすい。自分の身の回りにすべて「マル」をつけてポジティブに捉えてみよう。性格はなかなか変えられないが、考え方ならばセルフコントロールによって変えられる!#ドラゴン桜流東大合格法 pic.twitter.com/rIIaWui0wU
最近メンタル不安定だな~、って感じる時には僕もこれらの話を思い出したりしています。
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