【連続投稿11日目 2038投稿目】
【作成日時:8/25 23:02~23:38、36分】

先週、名古屋市のフリースクール連絡協議会というものがありました。
名古屋市内で開いているフリースクールを中心として不登校支援をしている機関・団体の人が集まりました。
名古屋市教育委員会の不登校児童生徒への支援方策の説明、学校とフリースクールなどの教育機関・団体との関係性の捉え方が説明されました。
そして後半は名古屋市の職員も入った8人程度のグループとなり、いろいろな所属の人が入り混じったグループ対話がなされました。
グループで話したテーマとしては「変わる子どもたち、変わる社会 ~私たちはどう関わるか~」というものでした。
そのグループ対話が終わった後には、グループごとに話した内容を1グループずつ順番に発表して共有しました。
その中であるグループから、子どもたちがものごとを取捨選択して考えていることにふれた話が出ました。
それを聞いてふと思ったのですが、僕たちが子どもの頃だった20年ほど前は子どもながらにそれほど取捨選択することを考えることがあったでしょうか?
環境によって異なることはあるでしょうが、僕たちが子どもの頃に取捨選択をして考えたようなことは何のゲームを買ってもらうかとかぐらいだったのではないでしょうか?(笑)
あとは進学における進路ぐらいだったのではないでしょうか?
それが今となっては習い事で何を続けて何を辞めるかということもよく聞く話になりましたし、学校に通うかフリースクールに行くかも選択するという様相になってきました。
よくいえば選択肢が豊富ということですが、裏を返せば複雑になったともいえます。
社会が複雑化していることの表れでしょう。
そしてどことなくよく考える必要がある部分であるように思うのは、はたしてその選択が真に子ども自身の選択なのかということです。
フリースクールに行くことを選んでいる人、または、僕もですが、フリースクールを運営する人が「子どもが自分でフリースクールに行くことを選んでいる」という表現をよく聞くようになりました。
学校に行かずフリースクールに行っているということは事実ですが、それが子ども自身の選択だといえるのかは、保護者にしろフリースクール運営者にしろ学校教員にしろよく見るべきことのように思います。
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今後のイベント予定
9/7(日)13:00~17:00 経営ゲーム塾B @寺子屋塾
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