あいちワークショップギャザリングの振り返りを切り口に、場づくりで大切にしていることを書いています。
昨日は引用したところで終わりましたが、経営ゲームを開発した嶋崎さんが使っている「虚数」という概念から掘り下げてみようと思います。
【挑戦と学びの場であり続けているあいちワークショップギャザリング】 - 気分やさんの気ままなぶろぐ
【場づくりで大切にしていること(その1)】 - 気分やさんの気ままなぶろぐ
嶋崎さんは「実数」「複素数」「ベクトル解析」「四元数」の4つの数体系を掲げています。
僕はこの数体系の話について、ベクトル解析はわずかに理解できるようなできないような、四元数についてはさっぱりです。
ただ、複素数については画期的な考え方であると思うことができ、今はものごとを複素数のレベルで見ていると思っています。
ところで虚数とは?という人もいるかもしれません。
中学の理科の光の単元のところで、実像と虚像という話が合ったのは覚えているでしょうか?
実像は光をレンズに通した先に現れるものですが、虚像は不思議なことにレンズの先でなく反対側にできるというものです。
「虚数」は「イメージ」と訳されますが、ないけどあるものという妙な存在であるのが「虚数」です。
さてそれでは複素数の世界でものごとを見ていきましょう。
ここから先は僕の解釈になります。
まず複素数は「3+4i」のように表されます。
この「3」を実数の部分(実部)、「4i」の部分を虚数の部分(虚部)といいます。
この実部である「3」が事実にあたります。つまり誰から見ても同一の理解をすることができます。「りんごがある」みたいな。
一方虚部である「4i」は人によって解釈が異なる部分にあたります。
自分の解釈は唯一無二ということになるわけです。
「りんごがある」ことに対して、「やわらかいのか」「銘柄は何か」「おいしそう」「食べたい」といろいろな意味付けが生じるのです。
そして大切なことではないかと考えていることは虚部は実部に連結していることです。
「りんごがある」という事実に対して意味付けが生まれたのですから。
昨日の投稿の中で、場づくりで大切にしていることについても少し書きましたが、
具体的に挙げれば発言量であったり声、目線、手元であったり話している内容などといったような、場づくりの本にも書かれているような要素になってくるでしょう。
この部分が実部であり、
ただ最近思うことは、発言量1つにしても結局はそれをどのように見て、どのような場合にどのように状況を捉えるかというところが急所であるのではないかということです。
結局そのレベルのこととなると場合分けが無数にあり、一般的なものとして言語化できない、あるいはそもそも1つの事例でさえもできないように思うのです。
この部分が虚部なのですね。
このように捉えると事実を理解することも大切ですが、どのような意味付けをするかということも大切なのが分かってくるのではないでしょうか。
しかしながら先ほど、虚部は人によって解釈が異なるという話もしました。
では虚部については他者とは理解し合えないことなのでしょうか?
僕はこれに対しては、完全に解釈を一致することはできないかとは思いますが、解釈を理解しようと寄り添うことはできると思います。
なぜなら人によって虚数の解釈はちがいますが、このような人たちはお互いが複素数という世界に生きていることをメタ的に理解することができるのです。
であればその人特有の意味付けがなされていることを前提としては関わることができます。
今回はかなり抽象的なレベルで書きましたが、明日はもっと構造的に捉えた話を書いてみようかと思います。
そして嶋崎さんがおっしゃっていますが、この世界レベルでのものとなっているのが経営ゲームの上級編であるTG-Cであるというのです。
次回の経営ゲーム塾は9/17(日)13:00~17:00になります。