【連続投稿44日目 2083投稿目】
【作成日時:10/9 17:07~17:30、25:26~25:52、49分】

昨日まで大学で授業を実施した話を書いてきました。
その中で「事実と認識を切り離して捉える」ということがカギとなっていました。
その事実と認識についてのことで、まさにこれがそうだなということがありました。
現在、個別で算数・数学の勉強を見ている子がいます。
その子に対しては、Web上のプリントを印刷して渡して毎日やるようにしています。
枚数は、場所にもよりますがその時は3枚やることにしていました。
ですがメッセージでこのような感じの内容が送られてきました。
・3枚やれるけど今日は2枚にしておきます
・今日は疲れたのでやれません
特に2つ目はよく聞く話だったりするのではないでしょうか?
子どもに限らず大人でもあることだったりするのではとも思います。
・・・さて、これを事実と認識を切り分けて考えてみるとどうでしょうか。
その前に事実と認識の定義を定めておく必要があります。
ここでは、事実は「誰であっても一様にしか捉えられないようなこと」とします。
たとえば「私は今、家でゲームをやっている」は誰もがそのような光景とこの文章の2つが与えられた時に「いや、それは違う」とはならないでしょう。
それに対して認識とは思考や感情や感覚などにあたることであり、人によって解釈が異なったり他者には分からないことです。
たとえば「私は元気です」ということについて、たとえ見た目は元気そうであってもそもそも人によって何をもって元気かは異なることです。
なのでこれは事実ではなく認識にあたります。
それを踏まえてもう一度算数のプリントの話に戻ります。
さて事実と認識に分けてみるとどうでしょうか。
・3枚やれるけど今日は2枚にしておきます
→事実:今日やれたのは2枚 認識:3枚やれるはず
というようになります。
つまり、たとえ3枚やれるはずと思っていたとしても、3枚やれていないのですから3枚やれるはずという認識は誤った認識(思い込み)なのです。
・今日は疲れたのでやれません
→事実:やらなかった 認識:疲れている、疲れているとできない
となっているのが分かるでしょうか?
この疲れているということ自体も認識なわけですが、考えるべきところはもう1つの認識です。
疲れているとできないものだ、という認識をしているのです。
これこそまさに思い込みなのです。
考えてみてください、疲れていたらやることができないでしょうか?
疲れていてもできますよね?
疲れていたらベストパフォーマンスは発揮できないかもしれませんが(ベストパフォーマンスも幻想なのですが)、やろうとすれば疲れているなりだったとしてもやれます。
ちなみに勉強としてもやらないよりはやった方がベターです。
(もちろん疲れていてもやるということが続けばそれは限界が来るので、もっと広い目線でいえば考えるべきことはありますが、それはまた別のところの話です)
ですが事実と認識の話においては「疲れているとやれない」が自分の想像以上の思い込みとなって潜在意識にありかねないということが気づくべきことです。
「頭では分かっているのだけれど」と思うことがある限りは潜在意識に潜んでいることでしょう。
だから疲れていてもやろうとすることが大切なこととなっているのです。
この事実と認識の話は区別の仕方が分かったからといってすぐに思い込みの認識があることに気づけることでもありません。
だからまずは事実と認識を正しく区別する練習をたくさんやる必要があるのです。
たくさん練習していればふとした時に思い込みに気づくことがあるかと思います。
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