【連続投稿130日目 2015投稿目】
【作成日時:8/1 25:04~25:43、39分】

外を出あるいていた時にキリスト教信者の人に声をかけられるということがありました。
この暑さの中だったので切り抜けられましたが、繁華街のキャッチやどこぞやの物件斡旋業者から声かけられるより断りにくいものですね(^ ^;)
迷いなくそれが正しいと思っている人ですから悪意のようなものもないので断りづらいと感じました。
そんな中で聞かれたのが「10段階中、どれくらい神の存在を信じていますか?」という質問でした。
いかにもキリスト教らしい質問だなと思いましたが、どう答えるといいものかと思った結果5ぐらいと答えました。
・・・ザ・日本人かよと内心で自分に対して思いましたが。
ですが忖度なしに答えるとするならば、3だと思いました。
別に何かを否定するわけではありませんが、神様というのは偶像崇拝だと思います。
にもかかわらずなぜ神様なるものが作り出されたのかというと、それは不明確なことから生じる不安の脱却のためではないかと思うのです。
たとえばなぜ私たちは生まれたのか、なぜこの世界は存在しているのかといった根源的な問いに対する答えは科学的には見出せないでしょう。
すると自分たちの存在理由は何かと不安が生まれるのです。
そこで神様なるものを作り出すことで、言ってしまえば不明確な現象の所在を神様に押しつけてそれを答えとしているという見方もできるのではないかと思います。
空は実際は宇宙まで続いているはずなのに天球という存在があることによって有限なものに見えることに似ているかもしれません。
ですので神様は存在していないけどこうして人が作り出すものであり、不安の解消、精神の安定として必要となるものであるからということで10段階中の3だと思ったのです。
変な誤解はしてほしくないのでもう1度言いますが、別にキリスト教をはじめとした宗教観を否定しているわけではありません。
読んだ本の中に、自分がいろいろ思い悩んだ末に自分を保つために確か仏教を最後の拠りどころとしたという話を見かけたことがあります。
これも神様と同様の話なのではないかと思うのですが、つまりは必要であるものだというわけです。
ですから日本人の信仰心は世界からすると奇妙だという話もありはしますが、無ということにはやはりならないものなのでしょう。
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