【連続投稿39日目 1923投稿目】
【作成日時:5/1 23:41~24:11、30分】

今日は知り合いの方が経営されているバーに行ったのですが、2人で転々といろんな話に変わっていった中に「タイパ」についてふれた時がありました。
その話から思ったのは、タイパに基づいた行動選択関係なしにタイパという価値観を持っている時点で競争社会に自ら飛び込んでいるようなものなのだということです。
タイパという考え方の上で行動することが競争社会の舞台に上がっていることは、なんとなく想像つく人もいるのではないでしょうか。
タイパという考えで行動するというのは、そもそもその人自身が何かに負われている状態であるわけで、その追われているという”思い込み”が生まれている原因はおそらく他者との比較・競争観念からでしょう。
ですから行動まで乗っかれば競争社会にいるということは分かりやすいでしょう。
しかしタイパな行動を取ってなかったとしても、タイパが価値観となっているだけで競争社会の渦中にいることになると、話していて気づいたのでした。
それは自分自身ではなくコミュニケーションを取る他者の存在がいるためです。
コミュニケーションを取ることで、大なり小なり相手の価値観を感受することとなります。
すると話し相手は「この人はタイパに生きる人なんだ」と理解するわけです。
そのように理解された時点からその人は相手に寄り添おうとなり、それはつまりその人と同じタイパという価値基準で捉えるようになります。
ところが相手の人がこちらに対して、実際はタイパな行動をしていない、あるいはもっとタイパのいい行動が考えられる、となるともうその相手の見方自体が比較競争となっているのです。
そして相手から言われるわけですから、結果として比較競争のあおりをまわりから受けるのです。
ですがこのストーリーの始まりは相手からではありません、自分の価値観からです。
あとはラットレースとなるだけでしょう。
今は抱いている価値観にタイパを取り上げましたが、どんな価値観にも同じような作用が及ぶといえるでしょう。
その価値観が競争につながるものであれば競争の道へ、共創につながるのであれば共創の道へ進むことでしょう。
ここまで触れていませんが、価値観が合わないという人は多くは自然と離れることでしょう。
ですから違う道に導かれることはほぼないことでしょう。
これがコミュニケーションの作用だと思うと自分の価値観の健全さがいかに大事かということを、僕もこうして考えさせられました。
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