気分やさんの気ままなブログ

【「評価・判断しない」とは?】

【連続投稿24日目 1908投稿目】

【作成日時:4/16 14:50~15:35、45分】

 

 対話やものごとをありのままに見るという時によく言われることの1つが「判断や評価をしない」ことです。

それは自分の価値基準から来ている判断・評価で捉えると相手の価値基準とは異なるため、お互いで見ている方向や尺度が違って話が食い違うことになりえるからです。

さらには価値基準の押しつけ合いになってしまうこともあります。

ですから判断や評価をしないことで安心感も生まれ、対等に話し合えることにつながります。

 

 ところで「判断や評価をしない」にはどうすればいいのでしょう?

このように問いかけられると思い浮かびやすいのは、判断や評価をしなくなるようになろう、ということではないでしょうか?

僕もこのように考えていた時期は長く続いていました。

というよりもこのような問いを自分で見出すまでは無意識ながらにこう思い続けていたのではないかと思います。

ですがはたして判断や評価をしなくなるように、本当になるものでしょうか?

ある程度はできるようになるのかもしれませんが、完全になくなることはないでしょう。

なぜなら人には必ず価値観があるものですから。

価値観をなくすことはできないはずです。

さらにいえば僕は、今でこそこのような判断や評価をしないということを考えるようになりましたが、大学時代までは良くない側面があると疑うことなく判断・評価をして生きていました。

変わり始めたのは寺子屋塾に出会ってからですが、今でも根強く評価・判断する自分が自分の中にいます。

少しでも気を抜くとこっちの自分が出てくるので自分をセルフモニタリングしています。

それは「自分と戦っている」という表現がぴったりなほどです。

それほどのことですから、僕からすれば判断や評価をしなくなるなんて到底できないことなのです。

 

 では「判断や評価をしない」ためにはどうすればいいのでしょうか?

最近気づいたことですが、そのためには判断・評価を脇に置けばいいのではないのでしょうか。

判断や評価が頭に生じたりよぎったりすることは仕方のないことです。

ですがその判断・評価を「よっこいせ」と置いておくのです。

ただ、脇に置くためにはまず自分が判断・評価していることに気づいて認識しなければいけないでしょう。

さらに判断・評価している自分を受け入れるからこそ気づいてから脇に置こうとすることができるのではないかと思います。

 

 ここまでの話とは変わりますが、ところでこのようなことを考えたのは先月の頭にあった、名城大学で開催された公開講座「『みんなのIDGs』のストーリーを紡ぐ:私が変わると世界も変わる」の時でした。

この日の終わりには参加者同士で話し合って振り返りをしました。

また別の時にはインタビューゲームのようなインタビュー形式のコミュニケーションワークをしました。

それぞれの時に相手の人から「コミュニケーションが得意ですよね?」、「聞き方が上手いですね!」とか言われました。

人見知りな面もありますしコミュニケーションが上手いとは思っていないのですが、いかがなものなんでしょう・・・?

 

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今後のイベント予定

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