気分やさんの気ままなブログ

【よく知った相手とやった51回目のインタビューゲーム(その4)】

【連続投稿1日目 1884投稿目】

【作成日時:3/23 15:21~15:56、35分】

 

 3つ前の投稿から個別でやったインタビューゲームの振り返りを書いています。

これまでの内容に関連すること・しないことありますが、まずはこちまでのものを読んでもらえたらと思います。

【よく知った相手とやった51回目のインタビューゲーム(その1)】

【よく知った相手とやった51回目のインタビューゲーム(その2)】

【よく知った相手とやった51回目のインタビューゲーム(その3)】

それでは今日も続きの振り返りを書こうと思います。

 

相手の話を聞く時にリアクションするのはなぜ?

 今日と明日の振り返りはお互いの共通点でもあるファシリテーションや場づくり視点のことでもあります。

相手の方から「相手の話にリアクションするのは、なぜ?」という問いが出されました。

リアクションというのはあいづち・うなづきなどのことです。

これを読んでいるあなたはどうでしょうか?

そのリアクションは自然と出ているものでしょうか?

それとも意識的にしているものでしょうか?

自然なものと意識的なものの比率はどのようになっているでしょうか?

僕もちょうどタイムリーな問いで、ちょうどここ数週間の間に話を聞いている自分自身がどのようにあるかに目を向けてみたばかりでした。

自分のコミュニケーションを思い返してみた時に、ただ会話している時とファシリテーターである時とでも異なっているなと思いました。

ファシリテーターや場の雰囲気を意識している時にはほとんど意図的に、いつもより多く反応をしていると思いました。

しかしそれが好ましいことかというとそうでもなく、あいづちだけでなくほかの人が話したことに対してコメントしていたことに対して、1人に話してもらったごとにしていたことが「みんなで対話する」ことから遠ざかることになっていたと思ったのでした。

そのように思ってからは意識的にあいづちやコメントをしないようにしました。

すると結果として、少なくとも僕の中で「僕が場を作っている」感が弱まったように感じられました。

 

 さてなぜ聞く時にリアクションをするのかという話に戻そうと思います。

その理由は人によって異なるとも思うのですが、僕の中で一番に浮かんだものは「不安」でした。

ちゃんと聞いていると思われているか、心地よくいてもらえているか、生産的な話し合いにできているか、みたいな不安です。

不安になるほど話し過ぎたり思ってもいないことを言ってしまうというものと同じように不安によって過剰にリアクションを出してしまうこともあるのではないかと思ったのでした。

 

 ところでですが、あいづちやうなづき、それから相手の目を見て話すことや笑顔で話す、といったようなことは”コミュニケーションの作法”ともいえるでしょう。

あいづちなどをするのはコミュニケーションの作法を教えられたからという側面もあるのではないでしょうか?

そうなるとこのような作法は、いつ教えられ、なぜ教えられたのでしょう?

そんなところに疑問を持ちました。

いつであるかについては、僕自身のことを思い返すと、明確ではないですがおそらく小学校で過ごす中で言われていたのではないかと思います。

そしてなぜ教えるのかを考えてみると、本質としてはお互いを理解するためなはずです。

しかしたとえば、「分かったら返事は?」といったような形で教える・教わる(?、「学習する」の方が適しているか)ことって絶対ありますよね?(笑)

これってお互いを理解するためではなく、教える側が相手に言い聞かせたいためだったりしますよね。

こうして”作法”として身についたのではないでしょうか。

強制された”作法”を本来のコミュニケーションの手段としてのものに矯正するのはとても難しいように思います。

 

 

 

 

 さて、毎回振り返ることを3つに絞っているのですが、今回はあと1つ書いてみたいことがあります。

明日で最後になりますのでお楽しみに!

 

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