気分やさんの気ままなブログ

【7年ぶりに自分が学び育った場所を訪問しました!】

【連続投稿81日目 1720投稿目】

【作成日時:10/7 21:38~22:10、22:51~23:06、47分】

 

 今は家族で引っ越しましたが、生まれ育った場所は地下鉄で2駅隣の地域に住んでいましたに住んでいました。

先週の予定に偶然ながら生まれ育った場所に近いところに行くことになりました。

予定が終わってから、そのついでに以前に住んでいた家の方に歩きました。

僕の家の方に向かったのは、最近の自分の元あった家の周りの様子が気になったからでもあるのですが、昔通っていた場所、公文式の教室が気になったからでした。

家のすぐのところにある信号の斜め向かいにあるほどの家からの近さです。

 

 公文式には小1の終わりの春から入会して高校2年生の終わりまでの丸10年間通い続けました。

さらに大学時代の4年間はそこでスタッフとしてバイトしました。

受験勉強に力を入れるために高校2年生でやめましたが、その時には卒業したらバイトしに戻ってきますと、もう受験の先のことを考えて伝えたほどですからね~(笑)

今でこそ人生の半分を切ってしまいましたが、2年前までは人生の半分は公文式と共に歩んでいたことになります。

それだけでも僕にとって公文式というのは特別な存在であったことが分かるのではないでしょうか。

そして実際にもいろいろなことを経験したり学んだりしていて、それについては「公文」のタグがついている投稿をご覧ください。

 

 しかし引っ越したことで今となっては近いようで遠い場所となってしまいました。

教室に最後に入ったのは、僕ももう覚えがないのですが、この社会人になってまだ半年経たない時のようです。itasan-kibunyasan.hatenablog.com

ですので、教室の外を通りかかったことはありますが、7年ほどは教室に顔を出していませんでした。

ただ、今回はせっかくなので連絡をしていないながらも教室の中に入ってみました。

ちなみにこの7年の間に公文式が入っているマンションの改装工事もあり、新しくなった教室に入るのは初めてでした。

入る直前なって、連絡もしていなかいし7年も経っているのでスタッフも総入れ替えとなって知らない人しかいない場所になっていないかと、不安がよぎりました。

しかし驚くことに、無事に知っている先生がいた、どころか7年前もずっといた先生が全員残っていました。

さらには通い始めた頃からずっとお世話になっていた先生からは、僕だと確認をした後の第一声で「またここで働かない?!」と尋ねられました(^ ^;)

そんなやり取りから始まって、最初は生徒が来始めてもいたのでちょっとだけあいさつするだけにしようと思っていたのが、結局30分近くも話し込んでしまいました。

 

 7年も経ったのでもう僕の知らない世界にもなっているだろうと思っていました。

ですが、未だにスタッフ間で生徒の指導の話をする中で「板倉君だったらもっと厳しく指導すると思う」などと、僕の名前が出てくるというのです。

(僕そんなに厳しく指導したことがあっただろうかとは心の中で思ったことです)

「社交辞令」も含んではいるでしょうが、とはいえそれほど大切に思われ続けているということには嬉しく思いました。

 

 自分の人生の分岐点はいくつかありますが、やっぱり最初に挙げる分岐点としては小1の終わりに公文式に入会したことですね。

今となっては寺子屋塾に通っていますが、それはらくだプリントが公文式に通ずるものであったからというのも少なからず関係していることでしょう。

自分の人生のすべてのはじまりに思います。

小1の自分が公文式をやりたかった理由は今でも覚えていますが、信号を渡ったところにあるからすぐ行けて、(当時の)緑と黄色と赤色のシャッターがきれいだったから、でしたけどね(笑)

 

 

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今後のイベント予定

11/17(日)13:00~17:00 経営ゲーム塾B @寺子屋塾 

12月(日程調整中)10:00~17:00 ワンデイ経営ゲーム塾 @寺子屋塾 ※経験者限定 

☆定点観測を一緒に取り組みたい人、随時募集中です(^ ^) 定点観測についてはこちらをどうぞ!

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