気分やさんの気ままなブログ

【今改めて公文式の価値観にふれて】

【連続投稿56日目 1696投稿目】

【作成日時:9/12 17:33~19:04、91分】

 

 1か月以上前に見かけて読んだものになりますが、公文式の記事で、元教室指導者の武井さんと事務局の方である景山さんのインタビュー対談の様子が書かれたものがあります。

インタビューを受けている方は元々は小学校の教員だったとのことです。

僕も公文式を生徒としても利用しましたし、スタッフとしても関わり、そして学校でも働いたことがあるということで共通している部分が多くありました。

そして現在は公文式とも少なからず関係のあるらくだプリントを寺子屋塾でやっていることもあって今の自分の考えがあります。

ということでインタビュー記事の中から特に印象的だった部分を引用しつつ、読んで考えたことを書いていこうと思います。

 

www.kumon.ne.jp

www.kumon.ne.jp

 

 1か所目は、

教員時代と公文式は少し相反することがありましたね。公文式の「できてからわかる」という考えが、最初私には理解できませんでした。学校ではなぜそうなるか理解させてからできるように練習させていました。公文ではまずできるように、身につくようにすることが先決です。このことに合点がいくまで時間がかかったんですが、子どもは個人差があるものの、できたことはいずれ必ずわかるようになるんです。ただ、わかったことは理屈で教えても必ずしもできるとは限らないんです。

という話が書かれていたことに対してです。

僕の場合は教える立場となったのが、先が公文式で後が学校教育だったので武井さんとは順番が逆になります。

ですが学校教育が先に来て、特に学校教育に染まっている人ですと、武井さんに限らず理解できない教育のかたちでしょう。

それほど学校教育が影響力があり、この学び方が当たり前、そして正しいものだと子どもの頃から知らず知らず刷り込まれているのです。

そしてこれには前提として、わかる「から」できるようになる、という論理をもっています。

ですが以前にも書いたことがあるように、この論理は必ず成り立っているわけではありません。

itasan-kibunyasan.hatenablog.com

今改めて考えてみると、「わかる」と「できる」は簡単に論理関係がいえるほど単純ではないものだということです。

ですので、できる「から」わかるということも一概にはいえないものだと思います。

大切なのは武田さんの言葉にもある「必ずしもそうとは限らない」ということを理解することでしょう。

 

 2か所目は、

「教具の磁石すうじ盤※2で5分かかっていた子が3分切ったんですよ」と3分切ってできたことを喜んで伝えたら、「それで、その子はどうなりましたか。何が変わりましたか」と必ずおっしゃるんです。ただ3分切っただけじゃなくて、そのことによってその子がどう変わったか、学習姿勢がどうなったか、他の教科がどうなったか、そういうことに目を配るのが指導者の役目なんだと思うようになりました。

という部分の話です。

これは推測ですが、公文公さんのその子がどうなったか聞いた裏には事実と認識を区別していたからこそではないかと思います。

「5分かかっていたのが3分切った」のは事実です。

ただ、この武井さんの言葉には「それがいいことである」という認識が乗っかっているのではないかと思います。

この、どのような見方で認識をしているかということこそが大切ではないでしょうか。

そして公文さんの認識にはもっと広い時間の幅を兼ね備えているのです。

ですから見ている子の様子に関して変化や動きが伴っているように感じました。

僕も自分は意識できているかと振り返させられました。

 

 そして3か所目は後半の記事からで、

インターネットで検索すればすぐ答えは出ますが、答えを探す、答える力以上に、問い続ける力をもってほしいと思います。人生に関わる大いなる問いをもってほしいですね。たぶん簡単に答えは出せないことも多いし、正解がひとつでないかもしれません。そんなとき人は「問う」ことから始めるのではないでしょうか。

(中略)

公文で学んだ子は自分で突破してくれていますよね。「問いを立てる」という言葉を最近よく聞きますが、AI時代を生き抜くためには自分で学ぶ力をつけて、大いなる問いを抱いてほしいですね。

の武井さんと景山さんの言葉です。

この「答え」というものについてですが、今でこそインターネットというツールも生まれたことで探しやすくはなりました。

ですが人生に関わる大いなる問いに対する答えというのは、多少は探しやすくはなったかもしれませんが、料理の作り方の答えほどは探しやすくなっていないことでしょう。

ですから相対的に考えると人生の答えを出すことはインターネットというツールができたことによって難しくなった部分があるのではないかと思いました。

さらには昔に比べて今の方が複雑な社会ですし。

ですから問いは昔からも大切なものですが、今の方がより重要度が高まっているのかもしれません。

 

 こうやって今、公文式の考えを読んでみると、寺子屋塾に通ったことで自分の考え方が変わった部分があることも感じました。

自分が何を大切にしたいかというヒントが得られたように思います。

 

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今後のイベント予定

9/29(日)13:00~17:00 経営ゲーム塾B @寺子屋塾 

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