気分やさんの気ままなブログ

【「みんなの学校」上映会】

 大阪市にある大空小学校の様子を撮った映画「みんなの学校」の上映会に行ってきました。校長先生だった木村泰子先生もいらっしゃり講演会もありました。映画を見て講演を聴いて思ったことで、1つは学校及び木村先生をはじめ先生たちの偉大さです。学校ができた背景といい学校に入ってくる児童といいすごく大変な環境なのですが、その中で子どもたち・教職員・サポーター(保護者や地域の人々)すべてを変えていっている様子が映っていました。校長先生があれほど子どもたちとふれあっているのが信じられませんでした。その裏には校長先生としてでなく“人”としてぶつかっていったからこそできたというのが印象的でした。自分がかつて参加したものですが、まさに「チェンジメーカー」だと思ったのでした。もう1つ印象的だったのが、ある児童が他の子の気持ちに立って行動していたことです。教師は教育を考えるにあたって「子ども」を主語にすることが大切です。それを貫いてきた結果、子どもたちも他の子を主語にしてものごとが考えられるようになっていたのです。

 その後はFAJ(日本ファシリテーション協会)が運営する企画に参加してその後懇親会にも参加しました。司会はつい最近まで受けてきたファシリテーションの講座の講師をしていた上井先生で、それだから参加したというのもあったわけで。いろんな人と話してて感じたことは、1つはみんな実は話し合いたいということです。ずっと感じていますが名古屋は東京とか大阪とか京都に比べて人も教育も閉鎖的です。Facebookで紹介される教育系のイベントはいつも他の地域ばかり(笑) ただ閉鎖的、ではあるのですが個々が持っているエネルギーはというと別に負けていないと思っています。ただそのエネルギーを放出する場に飢えているのです。それと生真面目だと人から敬遠されるのではという恐れから自己開示ができていないようにも思えます。その恐れをお互いに抱き合っているから話し合いだせない。でも話し合い出してみれば別にどうってこともない、そんな気がします。もう1つは自分1人で考えていると漠然としていていざ話してみようとするとなかなか言葉にできないことも、みんなの学校みたいに事例があることで比較するものができ尺度が生まれ、だからこそ漠然としていたことが固まり話したいというエネルギーに変わるということです。他の人と対話する上で体験談も踏まえるといいと言われたことがありますが、それはまさに相手に寄り添う行いであると共に尺度が明確になるというのがあるのでしょう。

 

 対話こそが未来を切り拓く。安心して対話できる場こそが今の名古屋には必要なのでしょう。